日本サッカーと私たち

私は見るスポーツとしてサッカーが大好きです。とくに日本代表の試合は国を背負ってガチンコで戦う点で、オリンピックと共通する熱さを感じます。昨年のなでしこの大活躍も我がことのように大いに誇りを感じると同時に、日本人の良さを再確認したような気がします。

WBCの時もそうでしたが、一人一人のパワーでは強豪国に見劣りすることも多いのですが、地味であってもひた向きにチームの為に水を運ぶような真面目さと、俺が俺がでない人間としての謙虚さも集団としての強さの原動力になっていると考えています。優れた個人がチームを牽引することは確かですが、能力や才能ではそれほど際立っていなくても、それが一つのベクトルに集合できるかどうかが、もっと重要であることを教えてくれていると思うのです。

サッカーは特に途中でタイムを取ることができません。ハーフタイムはありますが、前後半の45分間は攻守の変化が目まぐるしく、その中でコンスタントにチーム力を発揮することは容易いことではありません。そして、追い込まれても諦めることなく、チームメイトを信じて攻撃と守備を繰り返すことができるかどうかが、本当の勝負なのです。その点でなでしこが見せてくれた驚異的なパフォーマンスは正に絶賛に値します。

又、チームプレイというのは監督の力も大変大きいものです。試合や個人を冷静に分析し、打つべき手を的確に打つことができるか、監督の力量が問われます。なでしこの佐々木監督も男子のザッケローニもそうした点で期待の持てる良い監督だと思います。監督の指示が正しければ、それを誠実且つ忠実に遂行できるのが日本人の優れたところでもあるのです。

経済に於いても、松下幸之助や本田総一郎、井深大のような際立って優れた経営者の出現は素晴らしいことだと思いますが、彼らの能力を最大化できたのは下で働く一般の労働者の力や能力も不可欠の要素として働いたことは間違いありません。そして、そこにこそ私は日本の未来の希望があるのだと思っているのです。